ボルカーショック

【よみ】
ぼるかーしょっく
【英名】
Volcker shock

ボルカーショックとは、ポール・ボルカー元FRB議長(1979年8月~1987年8月)が行った金融引き締め政策のこと。

1979年に起きた第2次オイルショックにより米経済はスタグフレーションに悩んでいたが、ボルカー元議長は1979年平均11.2%だった政策金利を1981年6月までに19.10%に引き上げ、「インフレ退治」徹底して行った。

これによって、インフレ率は80年の13.5%から83年には3.16%まで下落したものの、高金利の影響もあり失業率も80年の7.18%から82年には9.71%まで上昇(雇用は落ち込み)、GDP成長率は82年には-1.8%(前年比)に落ち込むなどの副作用もあった。1982年後半に金融政策が緩和されたことによって経済は回復。グレート・モデーション(大いなる安定)へと繋がっていく。

ちなみに、過去40年で米国がマイナス成長となったのは、1980年(第2次オイルショック),1982年(ボルカーショック)、1991年(湾岸戦争勃発)、2008年、2009年(リーマンショック)の5回でほぼ10年サイクルだが、これに2020年(コロナショック)が加わる予想となっている。

  • 当時の為替動向:
  • 1970年代後半のドル円は米国の大幅な貿易赤字や10%を超えるインフレ率によるスタグフレーションのために円高ドル安が進行。76年には1ドル=300円近かったものが、78年10月には1ドル=152円まで下落していたが、78年11月のカーターショックやボルカーショックで政策金利を8.5%(カーターショック前)から81年には19.10%まで引き上げたこと(81年の日本の政策金利は6.75%)や80年12月に日本の外為法が改正され日本企業の対外投資が原則自由になったために対米投資が活発化。ドル円は85年のプラザ合意まで1ドル=200~250円での動きが中心となった。
2020年7月1日 更新