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世界一の投資家、オマハの賢人と呼ばれる「ウォーレン・バフェット」
彼の投資哲学は、「少数の銘柄を厳選、投資期間は中長期で持つこと(バイ、アンド、ホールド)」です。
- 有望な企業を徹底的に調査し、投資対象を絞り込む
- 自分が理解できない企業には投資しない
- 企業の価値は、将来生み出す現金収入の現在価値を合計したものである
バークシャー・ハサウェイ投資株式会社 最高経営責任者(CEO)
1930年8月30日:米国ネブラスカ州オマハ生まれ
バフェットの父親は友人と小さな証券会社を設立していた。幼少時より株式や経済が身近にある暮らしを過ごして10代の頃より投資を開始していた。
コロンビア大学在学中に偉大なる投資家で有名なベンジャミン・グレアム教授と出会い、師として仰ぎ、親交を深めた。
コカコーラ、ディズニーなどの株式を長期保有し続けることで大きな収益を得ています。
「株式投資の極意とは、いい銘柄を見つけて、いいタイミングで買い、いい会社であるかぎりそれを持ち続けること。これに尽きます」
「リスクとは、自分が何をやっているかよくわからないときに起こるものです」など。
「証券マンの意見を聞くこと」について
バフェット氏いわく「床屋に行って『散髪したほうがいいかな』と聞くようなものです」
イングランド銀行を負かした男、ヘッジファンドの代名詞
生年:1930年
出身:ハンガリー
相場に対する考え方
- 「トレンドイズフレンド」
- 「相場は常に間違っている」
ヘッジファンドの父ともいわれるジョージ・ソロスはハンガリーの首都ブタペストに生まれ、ロンドン・ニューヨークでの証券会社勤務を経た後、1969年に相棒のジム・ロジャースとともにヘッジファンド「クォンタム・ファンド」を設立。当初400万ドルで設立されたこのファンドは1980年には3億ドルにまで資産が増加し、ヘッジファンドブームを作り出した。
なんといっても彼の名前が轟いたのが、1992年秋のヨーロッパ通貨危機のときです。当時のイギリス政府はERM(欧州通貨制度)に参加しており、ポンドとEC諸国との為替レートを一定の枠に収めなくてはなりませんでした。ただ、当時のイギリス経済は低迷していたため、現在の為替水準では過大評価されすぎているとあちこちで囁かれるようになっていました。
ジョージ・ソロスも、過大評価されたポンドは大幅なポンド安に追い込まれると予測しました。そして、ソロスは、イングランド銀行を相手に100億ドル相当のポンドを売りまくったのです。イギリス政府はポンドを守るため、92年9月16日に2回公定歩合を引上げました。10%の公定歩合を午前中に12%まで、そして、午後には15%まで引上げたのです。さらには、巨額のポンド買い介入を行い必死にポンドを支えました。
しかし、ソロスによって火をつけられたポンド売りの流れは止まりません。
下がり続ける通貨を支えるためには巨額の資金が必要であり、歪んでいた市場が正常な姿に戻ろうとしているのです。イングランド銀行も、ついにソロスを含めた容赦ないポンド売り攻撃を買い支えることができませんでした。
その結果、9月17日には公定歩合が10%に戻され、イギリス政府はERM(欧州通貨制度)から撤退を表明。最終的に、ポンドは約4割も下落したのです。そして、ソロスはこの勝負で20億ドルともそれ以上ともいわれる莫大な利益を得たのでした。
たった一人の男が、大英帝国の威信である、ポンドとイングランド銀行を打ち破ったのです。「ジョージ・ソロスとヘッジファンドは侮れない」と記憶に焼き付けられたのでした。
さらに、日本のバブル崩壊、アジアの通貨危機といった世界経済の大変動にソロスがかかわっていることも多く国際投機筋の代表といわれることもあります。
ソロスの論理
ソロスの唱える相場哲学で面白いのは、「市場の間違いがチャンス」
経済学では、市場は情報・機会が全員に平等に行渡る完全な市場を想定するが、現実的には市場が完全であることは考えられず、そこには何らかのひずみやゆがみがある。しかし、ひずみやゆがみが一時的に存在してもいずれは正当な価格に戻る。
ソロスはそんな状況を発見し、チャンスを見て大きく投資し流れを自分の優位な方向に変えていくことを得意としています。
最後の相場師
生年:明治30年
出身:日本
明治30年に生まれた是川銀蔵氏は、鉱山業や不動産業で財を成したり失敗したりと波乱の人生を歩みます。晩年になってから同和鉱業や日本セメントといった株式の仕手筋として活躍しました。
その後、新聞の片隅に載っていた住友金属が鹿児島県で発見した金鉱山の記事を読み、鹿児島まで視察に向かいます。そこで鉱山の有望性を確信した是川氏は住友金属の株を買い捲ります。この鉱山は通常1トン当たり数グラムしか含まれていない金が、1トン当たり80グラムも含まれているという高品位の鉱山であることが判明し暴騰します。この成功により是川氏は長者番付1位となり最後の相場師として名を轟かせました。
相場の神様と讃えられ、罫線(テクニカル分析)の祖ともいわれる本間宗久は、享保九年(1725年)日本屈指の穀倉地帯・出羽にて生まれました。ちょうど徳川吉宗の時代です。
「本間様にはおよびもないが、せめてなりたや殿様に」
この歌は、酒田の大地主本間家の実力を遺憾なく示しています。
彼は、本間家のために米相場で貢献したにもかかわらず、兄の死後本間家を追放されます。そして、江戸、大坂で米相場に挑みます。その結果「三位の伝」の悟りを啓いたのです。彼の書き記した三位伝は良質な古典としての風貌を今なおとどめ、現在も相場の道しるべとして活用され、株式格言の多くは、彼の著書(本間宗久翁秘録)から取られています。
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