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為替予測の方法

為替相場の歴史(ドル/円相場)

固定相場の時代

第二次世界大戦後、日本の外国為替相場は全面停止されていましたが、1949年4月25日よりドッジ・ラインの具体化の一環として1ドルに対し360円の公式為替レートが実施されました(固定相場制)。

この360円レートは、早くも同年9月に起こったポンド切り下げに伴い、円の切り下げが論議されるなど、再三にわたり危機を迎えたものの、1971年8月まで360円時代が続きました。

ニクソン・ショック

1960年頃から、基軸通貨国である米国においては、国際収支の慢性的赤字が続いており、ドルの流出と過剰なドルの累積からドルが弱体化しつつありました。

1971年に入ると米国の国際収支は、貿易収支が戦後はじめて赤字に転落するなどますます悪化の度を強め、景気拡大を目的とした3回の公定歩合の引き下げを実施しました。その結果として欧州諸国との金利差が拡大したため、短期資金の投機的な移動を誘発しました。5月にはドイツ・マルクが投機筋の集中的な買いを受けたため、西ドイツはマルクを変動相場制に移行しました。

このような国際通貨不安が続く中で、ニクソン米大統領は8月に、米ドルの金交換停止、10%の輸入課徴金の賦課などを内容とする新経済政策を発表しました。これに伴い、欧州諸国および日本が変動相場制に移行し、ここに30年以上続いた固定相場体制は、事実上崩壊しました。

スミソニアン合意

ニクソン・ショック以後、主要国通貨は固定相場制を離脱し、変動相場制ないし二重相場制(固定相場制と変動相場制の併用)に移行したが、変動相場制は暫定的な措置であり、平価の調整を伴ったうえで再び固定相場制に復帰することが考えられていました。
1971年12月スミソニアン会議において、ドルの金平価切り下げと主要国通貨の対ドル・レートの調整が合意されました。円の対ドル変動幅は308円へと切り上げられ、変動幅は上下2.25%すなわち314円93銭から301円70銭の間を維持することになりました。

変動相場制への移行

1971年に発足したスミソニアン体制は、発足後半年にして早くもポンドが投機的な売りを浴びて変動相場制に移行するなど試練を迎えました。その後の国際通貨情勢は、やや小康を保っていましたが、米国の大幅な貿易赤字を背景に、米ドルに対する不信がつのり、1973年に入ると、再び世界的な通貨危機が発生しました。
イタリア・リラが二重相場制に移行したことをきっかけに、米ドルの売りが活発化しました。このような状況に対して米国は同年2月にドルの10%再切り下げを実施しました。

しかし、それでもドル不信感は沈静化せず、主要各国は、為替相場の完全変動性に移行し、これ以後は完全変動相場となりました。

第一次石油ショック

変動相場制移行後の円相場はスミソニアン合意レートである308円に比べ約16%の円高水準である265円前後で推移しましたが、1973年10月に起こった第一次石油ショックにより280円台に急落しました。その後も石油価格が上昇を続けたため、円は1974年1月には300円まで売られました。
その後、落ち着きを取り戻した市場で、円は270円台から300円台での値動きを続けました。1975年には米国の景気回復を背景にドルは買われ、同年12月に変動相場制移行後の最安値である306円85銭をつけました。

円高基調の時代

1976年初頭に306円50銭でスタートしたドル/円相場は、1976年10月までは、米国の景気拡大を背景として日本の輸出が顕著な伸びを示し、経常黒字が拡大したことから円高が進み、1978年10月にはそれまでの高値である176円05銭をつけました。

カーターによるドル防衛策

このような行き過ぎた円高に終止符を打ったのは、1978年11月の米カーター大統領によるドル防衛策の発表と、主要国の強調的為替政策の実施でした。ドル防衛策として、IMFからの資金の引き出し、カーターボンドの発行、スワップ網の拡大、そしてこれらを資金源とする外国為替相場への大規模介入、ならびに公定歩合の引き上げが実施されました。
また、主要国もドル買いの協調介入を実施し、その結果、円は11月末には197円80銭まで値を下げました。

第二次石油ショック

1978年10月のイラン情勢の悪化、翌年のイランの原油生産停止を受けて、OPEC諸国による原油価格引き上げの動きが強まると、円は1979年5月には220円まで安くなりました。
さらに、経常赤字の大幅な赤字傾向が強まるなど、日本経済のファンダメンタルの弱体化が見られ、石油に弱い円との発想から円は独歩安の動きを続け、1979年11月には250円台へと急激に値を下げました。

同年12月初旬には当局による5項目の円安対策発表を受け一旦、円は230円近くまで値を戻しましたが、協調介入などの効果も薄く、円安傾向に歯止めがかからないまま、1980年4月には260円70銭まで安くなりました。しかし、これをピークに日本経済のファンダメンタルズ改善などを背景に円は反転の動きをみせ、同年6月には210円台まで強含んでいます。

ドル高金利時代

反転を続けた円は1981年1月には199円60銭まで円高基調を続けましたが、その後は円安が続き1982年11月には最近の安値である278円10銭まで値を下げました。
この時期は日本経済が良好にも関わらず、円安が進んだのは、1980年12月の外為法改正により資本取引が活発化し、高金利であるドルへの投資が増えたのが要因ではないかと見られています。

プラザ合意

1985年9月にニューヨークにあるプラザホテルにおいて、主要国の大蔵大臣および中央銀行総裁が集まり、ドル高是正についての会合(G5)が開催され、プラザ合意が成立すると、直前の市場では242円であった円相場は同年11月には200円台に、翌年2月には170円台へと急激に値を上げました。
さらに、同年夏には150円台まで円高が進みました。

ルーブル合意

プラザ合意後のドル安があまりにも急激すぎたために混乱が生じ、今度はドル急落を食い止めることが必要となりました。

1987年2月に再び主要国の大蔵大臣および中央銀行総裁がフランスのルーブル宮殿に集まり、日本の内需拡大や米国の財政赤字縮小などが合意され、為替相場については、「1ドル=153円50銭」を中心とした水準に安定させる旨の声明を発表した。

また、為替相場安定のために、協調介入を行うことが合意されました。しかしながら、為替相場を安定させようとする協調介入の試みも十分には機能せず、ドルは下落を続けました。
また、米国の財政と国際収支の「双子の赤字」が膨らむなどの要因からドル安懸念が強まる中で、1987年10月19日ニューヨーク株式市場が1日で508ドル(22%)の大暴落(ブラック・マンデー)に見舞われるなどの状況もあり、1988年には円高は120円水準まで進行しました。

円安への反動

プラザ合意後1988年まで続いた円高も、1989年から1990年にかけては円安方向の修正局面を迎えることとなり、1990年4月には160円まで円安になりました。
この背景としては、国内機関投資家の外債投資規制が緩和されたこと、バブルによって含み益が増大した生保などの国内機関投資家が対外資産への投資を活発化させたことが原因です。

円史上最高値へ

1990年に160円水準まで戻した円相場は、その後5年間にわたって再び円高傾向が強まり、1995年4月には1ドル=79円75銭という史上最高値をつけました。
この円高の背景は、80年代後半に積極的に海外投資をした機関投資家が、株式市場の暴落(バブル崩壊)により含み益が激減したために、急激な円高によって巨額の為替差損を抱えた海外資産を売却したこと、ソルベンシー・マージンの導入により、機関投資家が海外投資から撤退をしたこと、バブルが崩壊した日本経済の内需が冷え込んだため、輸入が落ち込み、貿易黒字が増加傾向を示したことが原因です。
中でも巨額な経常黒字が決定的な需給要因となり、協調介入による円売りもこの期間はほとんど効果をあげませんでした。

超円高の終焉

あまりにも急激な円高に危機感を強めた先進主要国は1995年4月にG7をワシントンD.C.で開催し、「円高・ドル安」の水準が行き過ぎであるとの声明を発表しました。
また、大蔵省が「対外投融資促進策」を打ち出すなどの円安対策を示し、為替市場でも主要各国が円売りの協調介入を実施したことから、円は9月には1ドル=100円水準まで値を下げました。

その後、円相場は100円を割り込まずに推移しています。

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